水遣り
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私はトイレのドアーに耳を付け聞き耳を立てます。下卑た行為に自分でも嫌気がします。でも聞きたいのです。
妻の細い声が聞こえてきます。
「・・・・・」
「火曜日、金曜日出張ですか?もう出来ません」
「・・・・・」
「えっ、そんな、酷いです。そんな事しないで下さい」
「・・・・・」
「解りました。行きます」
妻は一旦は断ったようです。
酷いとはどう言う事か、妻はその後で出張を了解してしまうのです。
佐伯はたった4日間、妻と会えないだけで、もう妻を抱く予定を立て知らせているのです。余程、妻に執着があるのでしょう。
妻は必ず、出張の予定は前もって私に知らせます。月曜日の夜には私に伝えるでしょう。
しかし、今その予定を知りました。私はその前に行動を起こせます。時間を稼げます。
もうこれ以上聞いていられません。
私はトイレの前で今歩いてきたように大きな足音を立てドアー越しに妻に声を掛けます。
「今日は疲れた。もう寝るから」
私はもう逡巡しません。佐伯を叩くだけです、熟睡します。
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日曜日の朝、いつものように妻は朝食を用意しています。
テーブルに向かいます。腹は空いています。
佐伯の男根を握った手で作り、咥えてた口で味見をしていると思うと喉が受け付けません。もどしそうになります。
早々に席を立ち、出かける用意をします。妻と一日中、一緒に居るのが耐えられません。
「どうされたのですか?具合が悪いのですか?10月17日の事で怒っているのですか?」
「いや、何でもない。見たいアクション映画があるので見てくる。体が鈍っている、その後 水泳に行ってくる。晩飯も要らない」
「やっぱり怒っているのですね」
妻は勘違いしています。私が感づいたとは思っていないのです。
とんだ間抜け亭主だと思われているのです。
それはそうです、この3ヶ月余りの間、全く気が付かなかったのです。ここで感づかれたと思う訳がありません。
今の私にはその方が好都合です。
「あっ、それから来週一杯、台湾のメーカーと一緒だ。朝も夜も食事は一緒だ。作らなくていい」
とっさに出た嘘です。正直、食べられそうもないし、食べる気もしません。
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7時に戻ります。
9時半、私は自分の仕事部屋で時間を潰します。
仕事をする訳ではありません。妻がトイレに立つのを見ていられないのです。
仕事部屋で考えます。佐伯を潰したところで、妻を受け入れられるか?
解りません。あれ程の痴態を見てしまったのです。
では離婚か?離婚した私を、妻を想像してみます。
離婚した妻は、これ幸いと佐伯の元へ走ってしまうのか?あり得ます。佐伯は独身です。
不倫の証拠を掴むだけでは駄目だ。佐伯の事を全て知らなくては。
自分と妻の事は その後で考えれば良い。
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翌朝、早く家を出た私は銀行が開くのを待ち、金をおろし興信所へ向かいます。
「随分早いですね?」
「妻と佐伯の行動予定が解ったのです」
「ほう、どうしてですか」
ここは隠す訳にはいきません。妻が携帯で話していた要点を伝えます。
「そうですか。二人の仲は相当深いですな」
ぐさりと来る言葉を平気で言います。
「これは失礼な事を言ってしまった。早速これから行動開始といきますか。これは簡単な調査になりそうだ、これだけ頻繁に会ってるとね」
こんな切り口で言われますと、何だか深刻な事を頼んでいる気がしないのです。かえって、所長に親近感を抱かせます。
「おっと失礼。また変な事を言ってしまった」
所長の目の前に現金を置きます。
「所長、これ調査費用です」
土曜日に言われた調査費用の3倍の金額です。家を建てる時の足しにと自分名義でも貯めています。今はそれどころではありません。少しも惜しくはありません。
「こんな小さな興信所だ。山岡でいい。それにしても多すぎませんか?」
「いえ、浮気の調査だけではなく、佐伯の身辺調査も徹底的にお願いしたのです」
「ふむ」
「女関係とか、離婚の理由とか」
「どうしてだね?」
「佐伯は独身です」
「ばれても奥さんを佐伯の元へ行かせたく無い。そう言うことだね?」
所長は もう佐伯と断定した口ぶりです。
「そうです。それと佐伯を徹底的に叩きたい」
「奥さんとは離婚するのかね、それとも受け入れるのかな?」
「解りません。山岡さん、ここは人生相談所ですか」
「ご免、ご免。しかし、人によっては相談所にもなりうる」
『全く惚けた親父だ。何が人生相談所にもなりうるだ』
しかし、不思議な信頼感があります。
「あ、そうか身辺調査は無理ですね。ここにはスタッフが居ませんね」
「いやそんな事は無い。この業界にも横の繋がりがある。浮気調査の得意な所、身辺調査が得意な所。経済問題が得意な所。任せておきなさい」
所長に言われると妙に納得してしまいます。
「そう言うもんですか」
「金は先日言った金額でいい。後は実費精算だ。余ればお返しする」
「しかし、身辺調査を追加している」
結局、所長は持っていった額の1/3しか受け取りません。
「浮気調査は来週月曜日、身辺調査はもう少し掛かると思う」
所長の言葉を聞いて、興信所を後にします。
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会社でも妻の事が頭をよぎります。処理すべき仕事があるのが幸いです。仕事している間は忘れています。
夜、外食し、スイミングクラブに寄って11時頃、帰宅します。
「お帰りなさい。貴方、今日急に出張が決まってしまったの。明日、大阪で一泊、金曜日、金沢で一泊なの。行っていいてすか?」
「行っていいですかって、業務だろ。行くしかないじゃないか」
妻は今まで通り、宿泊するホテルも私に教えます。
『何が行っていいですかだ。勝手に行け』
私は心の中で毒づきます。
顔には出しません 私の心の中には二人に対する怒り、憎しみしかありません。湧いてくる他の気持ちをそれで押さえているのです。
妻と交わした言葉はそれだけです。風呂に入り寝ます。
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翌朝一番で、所長に電話して、妻の予定、宿泊先を伝えます。
今日は人と会う予定はありません。
昼前、松下さんに話しかけられます。
「社長」
「もう社長はいいよ。こんな小さな会社だ。君と僕しか居ない。宮下でいいよ」
興信所の所長と同じ事を言っています。
「でも私にとっては社長です。社長以外には呼べません」
「そうか、仕方ないか。それで?」
「お弁当作りすぎちゃったんです。良ければ半分食べて下さい」
「それは嬉しいね。勿論頂く」
松下さんが来てくれて3ヶ月余りです。こんな事は初めてです。
それは作りすぎたと言う量ではありません、完全に二人分です。
私がそうさせなかった事もありますが、妻の手弁当を食べた事はありません。
実に美味い弁当です。
「美味い」
「やったー。作り甲斐があったと言うものね」
「何だ。わざわざ作ってくれたのか?」
「ばれちゃいましたね」
良く気が付く女性です。食後にコーヒーを淹れてくれます。
「社長の奥さん奇麗な方ですね」
「そうか」
松下さんは妻に一度会っています。
入社して間もなくの頃、私の忘れものを妻が届けてくれた時に話をしています。
「奥さん、社長の事愛してらっしゃるんですね」
「・・・・・、おっ、もうこんな時間か、ちょっと出かけてくる。お弁当ご馳走さま」
私は返事が出来ません。返事の変わりに用事も無いのに出掛ける事にします。
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金曜日も、もう退社時間近くになります。
この一週間は酷かった。
妻が家に居る時は、妻の姿が目に入りません、いや見れなかったのです。
妻が出張で居ない火曜日の夜、妻は そこかしこに居ます。
打ち消しても打ち消しても、妻と佐伯が絡んだ姿態が目に浮かびます。
佐伯の男根を咥えている妻、佐伯に尻を掴まれ後ろから貫かれている妻、互いの性器を舐め合っている妻と佐伯、佐伯の背中にに腕を回し爪を立てている妻
家で一人で居ますと妻と佐伯がいたる所に出てきます。
打ち消すには酒しかありません。浴びるように飲み、気絶するようにベッドに倒れこみます。
今日の夜はもう、そう言う思いをしたくありません。
5時、私は松下さんを誘います。
「松下さん、用事が無ければ晩飯一緒にどうだ。僕も一人でつまらない」
「うわっ、嬉しい。連れてって下さい」
松下さんが焼き鳥を食べたいと言う事で、焼き鳥屋に行きます。接待で時々使う店です。
隣の席とは衝立で区切られていて、焼き鳥屋独特の喧噪さは感じません。
「社長に晩御飯をご馳走になるのは初めてですね」
「弁当のお礼と言っては何だが、たまにはと思ってね」
「お弁当のお返しで晩御飯をご馳走して頂けるのでしたら、これから毎日持って来ます」
松下さんと話してると気持ちが和むのが解ります。
酒が進むにれ、食が進むにつれ心が軽くなるのが解ります。
松下さんの口も軽くなります。
「社長、言っていいですか?」
「何でも」
「社長、この1ヶ月くらい少し変ですよ。特に今週は変。何かあったのですか?」
松下さんも私の変化に気が付いていたのです。
いくら私でも、妻が正社員になってから、急に残業、付き合いで帰宅が遅くなり、出張も毎週のようにあれば少しは変に思います。
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