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水遣り
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今日は妻に言えない。

後2日我慢しなければいけない、その思いとは別に まだ言わなくてもいいと、ほっとしたのも事実です。

後2日待てば、より強力な武器が手に入るのです。我慢する事にします。


「その代わりと言っては何だが、佐伯の別れた奥さんに君の事を話した。何時でも会ってくれるそうです」

普通の興信所の親父では無いとは思っていましたが、どうして そこまで手が届くのか不思議です。

「何を怪訝な顔してる。人生相談所にもなり得ると言ったがな」


私も別れた奥さんに会いたい、会って離婚の原因を知りたい、そうは思っていました。

帰りがけ、別れた奥さん旧姓 中条佳子さんの住所と電話のメモを渡されます。

「宮下さん、余り考えないほうがいい。体に毒だ」

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家に帰ります。

「お帰りなさい。食事は?」

「済ませた」


仕事部屋に入り、報告書を見ます。

殆どの事は先程、所長から聞いたものです。

写真を眺めています。

一つの事に気が付きます。

ホテルに入る時と出る時の妻の表情の違いです。

入る時のそれは曇っているように見えます。

出る時は佐伯に任せきった顔です。

違和感があります。



思い出しました。

妻が出張するようになり、暫くしてから時折見せる顔です。

ソファーに座っている時、あるいは台所仕事をしている時 手を休め物思いに沈んでいる時があります。

そんな時、私がが声を掛けても ”疲れているの、何でもないわ。”と返ってくるだけだったのです。

あの時もっと突っ込んで聞けば良かった、そうすれば此処までにはなっていなかった。

しかし、もう遅いのです。



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火曜日の夜、明日 大阪へ一泊の出張である事を知らされます。

これ以上もう耐えられそうもありません。

翌朝一番で興信所に行きます。


「山岡さん、もう無理です」

「どうしました」


「今日、妻が又大阪に出張です。明日まで耐えられない」

「佐伯の別件は午前中に片がつく、それ以降なら大丈夫だ」


一旦、事務所に戻ります。

「松下さん、今日は休む。携帯にも電話しないで欲しい」

「何かあったのですか?」

「いや、私用だ」

--------------------

大阪に向かいます。

新幹線の車中、どうしたものか考えます。

泊まるホテルは解っています。ホテルに聞いても妻のルームナンバーを教えてくれる訳はありません。

佐伯が妻の部屋に居るとも限りません。

妻に携帯で聞けば教えてくれるでしょう。しかし、それでは、妻は警戒し事を起こさないでしょう。


『浮気の現場を押さえる為に来たわけじゃないよな。洋子の部屋へ行けばいい』


妻の携帯にコールします。妻の出張中に電話した事はありません、心臓の鼓動が早くなるのが解ります。

数回のコールの後、”電源が切られているか、電波の届かない所に居ます”の案内が空しく響きます。

思い切ってかけただけに、怒りが湧いてきます。

ホテルの交換経由の電話案内でも、部屋に居ないと返ってきます。

時間をおき 数回繰り返しますが同じ事です。


『洋子は そういう女だったのか。出張中は俺の電話には出たくないと言う訳だ』

打つ手がありません。考えあぐねます。新幹線を降りてもどうしたものか迷います。


まだ4時、取りあえずホテルに向かいます。ホテルのエントランスの場所を確認します。

一箇所だけです。報告書の写真にあるのと同じである事も確認します。

夜二人が何処かへ出るとすれば此処からでしょう。車を使われれば諦める他ありません。

今日二人が外出するとは限りません。

しかし、私にはする事がありません、エントランスを見つめる以外ないのです。


回りを見渡します。

エントランスの道路を挟んだ向かいのビルの2階に喫茶店があります。東京にもある喫茶店のチェーン店のようです。

此処なら粘っても おかしくありません。窓側の席に陣取ります。

5時半、出てくるには未だ早いでしょう。

6時半店は込んできます。

一杯のコーヒーでは居た溜まれません、お替りをします。


又1時間が過ぎます。

『出てこないか。駄目だったな』

諦めかけたその時です。二人は出てきました、腕を絡めて。

「釣りは要らない」

私は喫茶店を駆け降ります。

道路を渡る信号は丁度青です。

急いで渡り、二人の前に仁王立ちになります。走ったせいか息が切れています。

妻は私を見ても、一瞬 誰だか解らないような顔をしています。

私は妻を見てはいません。佐伯を睨み付けています。

妻は私が解ったのでしょう。

「貴方、どうして此処に?」

私は妻を無視します。

「佐伯、まだ俺が誰だか解らないようだな」

「あっ、宮下さんのご主人」


「やっと、解ったな」

「これから奥さんと業者の打ち合わせに」


「聞きもしない事を言わなくていい。こんな遅い時間に、腕を組んで打ち合わせに行くのか。行く所はラブホテルだろ」

とっさの事に二人は腕を組んだままです。あわてて腕を解きます。




「貴方、これは違うの」

「うるさい。何とどう違うんだ。お前は喋らなくていい」


「貴様っ!」

佐伯の顔面にパンチを2発、そして股間を強かに蹴り上げます。

「ギェッ」

佐伯は もんどりうって倒れます。背広のポケットから財布と何がしかの物が零れ落ちます。

妻は茫然として立ちすくんでいます。

私はピンク色した、形状の違う2つの小さな箱をそっと拾い上げ、自分のポケットに仕舞います。

「貴方、聞いて」

「聞く事は何もない」


「・・・・・」

「俺は帰る。お前はもう帰ってくるな、佐伯と乳繰り合ってろ」


妻を見ると涙を流しているようです。それが又気に入りません。

「俺に佐伯が殴られて そんなに悲しいか」

「違います」

佐伯がのろのろと起き上がってきます。

「佐伯、精々可愛がってやれ」

私は踵を返して その場から立ち去ります。

--------------------

帰りの新幹線の車中、佐伯を殴った感触が手に、蹴り上げた感触が足に残っています。

人を殴るのは気持ちの良いものではありません。後悔している自分がいます。

後悔している事は それだけではありません。どうして妻を連れて帰らなかったのかと悔やんでいます。

今頃二人は慰めあって抱き合っているかと思うと居た溜まれません。


ウィスキーを注文します。酒で紛らわすしかないのです。

ウィスキーの支払いで小銭を出すのにポケットを探ります。

佐伯のポケットから零れた小箱が指先に引っかかります。

『そうか、こんな物があったんだな』

見覚えがあります。

中国のメーカーに行った時、女が燃えない時使えば良いと見せられたものです。

一つは経口催淫剤、一つは塗布媚薬。

非合法の物です。普通は手に入りません。それだけに効き目も大きいのです。

『佐伯。こんな物を使いやがって』

飛んで引き返したい衝動に駆られます。

車中、酔うどころではありません、怒りが酔いを打ち消します。

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家に帰ったのは0時半。

今夜も眠れそうにありません。

ソファーで酒を飲み酔いつぶれ、そのまま寝てしまったようです。


女の声で起こされます。

「貴方、御免なさい。こんなにさせてしまって」

酷い二日酔いで頭がはっきりしません。今の状況が飲み込めないのです。

妻だと解るのに数10秒掛かります。

時計と妻の顔を見比べています。まだ6時半です。

「どうしたんだ、こんな時間に」

場違いな事を聞いています。

妻は説明します。

新幹線の最終は名古屋停まり、そこでムーンライト”ながら”に乗り換えて帰ってきたのです。

『そうか、俺は昨日 大阪へ行ったんだ』

妻の説明を聞いている内に徐々に頭が回復します。怒りが込み上げてきます。

「帰ってくるなと言っただろ」

「誤解です。あれは違います。お仕事です」

「何がお仕事だぁ。お前たちは腕を組んで仕事に行くのか」

私も何を細かい事を言っているのでしょうか。報告書を見せれば済む事です。

「あれは、回りの人がみんな腕を組んでいて、じゃあ僕たちもって部長が」

「回りがキスをしたら、お前たちもするのか。馬鹿か、お前らは。お前は人妻だぞ、しかも40過ぎのな」

「そんな事しません」

「俺は お前の携帯に電話した。お前が出れば、あんなところを見られずに済んだのにな」





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