突然の海外赴任
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稲垣の謝る声で他に誰かいると知った妻は、キッチンで泣き叫んでいます。
稲垣が興奮していた事で、穏便に済ませる為に謝ってはいても、何の反省もしていないと思った私は、嫌がる稲垣の髪を掴んで引き摺る様に入って行くと、妻は脱いだ服を抱えて部屋の隅で泣いていました。
「俺は おまえの様な汚れた女を抱く気なんて無い。おまえも途中で止められて不満だろ?
こいつも、もう勃起させて準備が出来ているようだから、もう一度テーブルに寝て股を開いて入れて貰え。
俺は居間にいるから終ったら来い。今後の事を話し合おう。」
当然 本心では有りません。今そんな事をしたら、2人共殺してしまうかも知れないです。
「いや〜。どうして、どうして支店長が?いや、いや〜。」
「何が、いや〜だ。俺がいない1年以上もの間慣れ親しんだ、おまえの大好きな支店長様の、もっと大好きなオチ○チンを入れて貰え。どうせ俺のよりもずっと気持ち良いのだろ?」
「そんな事はしていません。いや〜、いや〜。」
「何がしていませんだ。今日こいつが全て話してくれたよ。」
妻は一瞬泣き止むと、頭を激しく振って狂った様に泣き叫びました。
「えっ?」
稲垣は、そう一言叫ぶと私の顔を見ましたが、目が合うと慌てて俯いて立ち尽くしています。
私が居間に行くと、後を追うように入って来た稲垣は土下座して、
「すみませんでした。どの様な償いも致します。どうか許して下さい。」
「ああ。言われなくても償いはしてもらう。それに、どんなに謝られても許す事はしない。一生償わせて苦しめてやる。先ずは おまえの奥さんに電話しろ。奥さんが出たら俺に代われ。」
「いや、それだけは許して下さい。妻にだけは・・・・・・。」
「今、何でもすると言ったばかりだろ?早くしろ。」
私が何度言っても許してくれと言うだけで、決して電話しようとはしません。
妻が言っていた通り、奥さんの浮気が原因で離婚を前提とした別居をしているのなら、ここまで強行に奥さんに知られるのを拒む必要も有りません。
もしも それが事実なら夫婦関係破綻後の不倫になり、奥さんに対しては、慰謝料はおろか離婚の妨げにもならない筈です。
妻の気持ちは分かりませんが、稲垣にすれば、夫婦仲が悪いと嘘を言い、同情をかって気を引く、どこにでも有る様なただの浮気なのかも知れません。
何度言っても、ひたすら謝るだけで電話をかけない稲垣に苛立ち、
「分かった。今日はもう帰ってくれ。続きは明日銀行で話そう。」
稲垣はそれを聞いてようやく携帯を出すと奥さんに電話したので、私は携帯を取り上げ、
「初めまして、○○○と申します。実は私の単身赴任中にお宅のご主人と私の妻が、1年以上に及ぶ不貞行為をしておりまして。」
それを聞いた奥さんは声も出せない様で、少しの間沈黙が続きましたが一言だけ。
「明日そちらにお伺いさせて頂きます。」
そう言うと、一方的に電話を切ってしまいました。
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稲垣を帰らせてからキッチンに行くと、妻は まだ裸に服を抱えたまま泣いています。
「ごめんなさい。あなた、ごめんなさい。本当の事を言えば離婚されると思いました。
身体の関係が有った事を認めれば離婚されると思いました。ごめんなさい。」
「ばれたから離婚になるのでは無いだろ?
おまえが離婚されても仕方の無い事をしたから、離婚になるのだろ?
本当は認めずに、少しでも条件を良くして離婚したかったのと違うのか?
こんな事をしたという事は、俺よりも あいつを選んだという事だろ?」
「違います。あなたを愛しています。離婚だけは許して下さい。」
「本当か?それなら どうして俺を裏切った?どうしてあいつに抱かれた?」
「それは・・・・・。ごめんなさい。ごめんなさい。」
その時 私の携帯が鳴り、それは私の身体を気遣ってくれた上司からで、医者に行って診てもらい、2、3日ゆっくり休めと言われ、この様な状態で仕事なんて出来ないと思っていた私には、何よりも有り難い話でした。
「離婚するにしても しないにしても 一生許す気は無い。
でも、何も真実を知らないまま 結論を出すのは嫌だ。
しかし、おまえが泣いていて真実を話せない状態では、俺が精神的に持ちそうも無い。
だから今決めた。おまえが今すぐ泣き止んで全て話すのなら、話ぐらいは聞こう。
それが出来無いのなら、今夜の内に この家を出て行ってもらう。出て行かなければ殴ってでも放り出す。
離婚して稲垣と再婚したいのなら そのまま泣いていろ。
本当に離婚が嫌で話し合いたいのなら泣くな。
話し合いをしたところで離婚にならない保障は無いが。」
「泣かないようにしますから少し待って下さい。泣くのを止めますから話だけでも聞いて下さい。」
妻は何とか泣き止もうと唇を噛んでみたり、天井を見上げたりしましたが、そう簡単に感情をコントロール出来るものでは有りません。妻が泣き止もうと努力している事は分かり、
「暫らく待ってやる。」
私は そう言い残すと寝室に行き、どうして この様な事をしてしまったのか、ベッドに寝転んで考えていました。
妻の恥ずかしい声は、私以外の誰にも聞かせたく有りません。
例え、稲垣が何十回聞いていようとそれは同じで、二度と聞かせるのは嫌なものです。
それなのに、この様な事をしたのは妻を虐めたかっただけなのか?
いいえ、それだけでは無い様な気がします。
私の中の牡が、そうさせてしまった部分も有る様な気がします。
妻を寝取られた負け犬が『まだ俺は負けていない。』『まだ妻は俺を求めている。』と、寝取った牡に吼えたかったのかも知れません。
寂しさを紛らわすだけの、セックスをしたいだけの浮気など、妻には出来ないと思っているだけに、脅してでも、妻の口から私を求める言葉を聞きたかったのかも知れません。
その言葉を稲垣に聞かせたかったのかも知れません。
妻と稲垣に心の繋がりが有れば、その様な事をしてもその場だけの事で、無駄だという事が分かっているのに。
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その様な事を考えていた私は、いつしか眠ってしまったのですが、嫌な夢に魘されて飛び起き、時計を見ると、長い夢を見ていた感覚なのに1時間しか経っていません。
夢の中の私は、妻を探し回り、あのアパートに行って郵便受けを見ると、稲垣の下に妻と娘の名前が書いて有ります。
それを見た私が絶望感と激しい孤独感に襲われていると、妻と稲垣が手を繋ぎ、楽しそうに話しをしながら出て来て、私の事など見向きもせずに通り過ぎて行きました。
それまでは2人だった筈なのに次の瞬間、稲垣のもう一方の手には娘の手が繋がれているのです。
私は走って追いかけ、惨めな格好で 妻の足に縋り付いたのですが、見上げると それは妻では無くて稲垣で、私を見下ろして不気味に微笑んでいました。
すぐには夢と現実の区別が付かずに、不安な気持ちのまま 妻を捜したのですが何処にもいません。
キッチンの椅子に座り込んで考えていると、夢の中で感じた気持ちが本心で有り、
夢の中の私が、今の私の本当の姿ではないかと思え、妻は稲垣のアパートに行ったのかも知れないと心配になって玄関まで行った時、妻がドアを開けて入って来ました。
「帰って来たのか。どうせ奴の所に行ってしまい、もう帰って来ないと思ったから、これで楽になれると思っていたのに帰って来たのか?」
「違います。もうあそこには二度と行きません。」
妻が戻って来て ほっとしている筈なのに、口からは この様な言葉しか出て来ませんでした。
やはり私には、妻に縋り付く様な真似は出来そうにも有りません。
「それなら何処に行っていた?」
「すみません。理香に会って、お仕事が忙しいから少しの間会えないと言ってきました。」
私は、また嫌な事を言って妻を虐めたいと思いましたが、妻の言葉には感情が無く、目も虚ろとしていて様子がおかしかったので、
何も言わずにキッチンへ行くと、妻も夢遊病者の様に後をついて来て、椅子に座りました。
「上手い事を言って、本当は稲垣の所に行こうと思ったのでは無いのか?何か忘れ物を取りに来たのでは無いのか?お前の言う事は何も信用出来ない。」
「いいえ、本当に理香に会いたかっただけです。勝手な事をして、ごめんなさい。」
妻は、嫌味を言われても 泣く様子も無く、焦点の合わない目でテーブルをじっと見ながら、口では謝っていても、やはり言葉に感情が有りません。
「俺の質問に答えるのが嫌で、逃げようと思ったのでは無いのか?」
「いいえ、もう何でもお話します。」
私は『もう』という言葉が気になったのですが、
「それなら訊くが、おまえは稲垣の事が好きになったのか?もう俺の事は嫌いなのか?」
「支店長の事は好きです。でも恋愛感情では有りません。私が愛しているのは あなただけです。」
「意味が分からん。好きだが恋愛感情とは違う?それなら、どうして抱かれた?
本当に俺を愛していたら、その様な行為はしないだろ?
さっぱり意味が分からない。俺が不審に思っている事に答えてくれ。
もう昔の事だが、そもそも俺が初めての男だったと言うのは本当だったのか?
俺と関係を持つ前に、稲垣とそういう関係は無かったのか?本当は何か有ったのだろ?」
「はい、あなたと知り合う前にキスまでは有りました。
ベッドで抱き合ってキスはしましたが、それ以上の関係は無かったし、キスをしたのも恋人としての愛情からでは有りません。」
私は、妻の理解不能な話から、妻と稲垣との得体の知れぬ、普通では無い関係を感じていました。
相変わらず妻の言葉には感情が感じられず、魂が抜けてしまったかの様な状態です。
「稲垣との繋がりを、最初から詳しく教えてくれ。俺の知らない智子全てを教えてくれ。」
妻は、ゆっくりと頷いて、淡々と話し出しました。
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「あなたもご存知の通り、私の父は酷い暴力を振るっていて、それは母だけに留まらず、私や姉にも及んだ為に、母は離婚を決意しました。
幸い父の実家は、資産家だったらしくて、父の両親は私達と完全に縁を切らそうと、
今後、養育費やその他の権利を全て放棄するのを条件に、多額の手切れ金を払ってくれたので、私達の生活は困らなかったのですが、
それまで優しかった母が、寂しさからか、お酒に溺れる様になり、絶えず違った男を家にまで連れて来る様になりました。
母の連れてくる男達は 私や姉を嫌らしい目で見る事が多く、中には胸やお尻を触ってくる男までいて、
父の事で男性不信になっていた私は、余計に男性を避ける様に成って行きました。」
妻が短大生の時に 母親は病気で亡くなったのは聞いていましたが、まさか母親が その様な状態だったとは知らず、それまで親子3人幸せに暮らしていたと、勝手に思い込んでいました。
妻が私に話した事の無かった、私と知り合う前の話は更に続き、
「母が死んでから姉と2人、寂しいけれど平穏な生活を送っていました。
しかし、私は このままでは駄目だと思い、男性のお客さんとも接する事が多い、銀行員を希望して就職したのですが、
働き出して半年を過ぎた頃に 姉が結婚をして、義理の兄が私達の所に転がり込む形で3人での生活が始まってしまい、
私はその義兄の私を見る目がどこか怖くて、慣れない仕事と家庭の両方が辛く、気の休まる場所は何処にも有りませんでした。
私は義兄と、決して2人だけにはならない様に気を付けていたのですが、
ある時 姉が私には何も言わずに買物に行き、義兄は鍵も掛けずに油断していた私の部屋に入って来て、私をベッドに押し倒しまいた。
幸い姉が忘れ物をして帰ってきた為に、事無を得ましたが、
その後、姉がとった行動は、義兄には怒らずに、私から誘ったと言う義兄の話だけを信じて、その話になる度に私を叩き、私を罵倒する事でした。
私は耐えられなくなって家を飛び出し、向かった先が彼のアパートです。」
妻は、姉が嫌いだと言って 全く付き合いが無かったので、それを不思議には思っていても、まさかその様な事が有ったとは考えた事も有りませんでした。
妻が辛い人生を送って来た事を知り、思わず抱きしめたくなりましたが出来ません。
何故なら、妻が向かった先は稲垣の所なのです。
妻の話に引き込まれていた私も、今の支店長という言葉で、妻に裏切られた現実に戻ってしまい、とても抱き締める事は出来ませんでした。
私が何も言わなくても、まるで他人事でも話しているかのように、淡々と話し続ける妻の話によると、
稲垣は、妻が仕事で分からない事が有ったりした時に、優しく教えてくれる頼りになる先輩で、
当時の支店長は 女性にも厳しく、ミスなどが有ると顔を真っ赤にして怒鳴ったそうですが、
ただでも男性に恐怖心をもっていた妻が泣きそうになっていると、稲垣は必ず助け舟を出してくれ、後で優しく慰めてくれたそうです。
妻は、稲垣だけは他の男とは違うと思い始め、やがて全幅の信頼を置く様に成っていたので、自然と足は稲垣のアパートに向かったのです。
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