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喪失
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ここへ訪ねてきて、おれとセックスしたのは奥さんの意思でしょ」


怒りでわたしはまた言葉を失ってしまいます。

言ってやりたいことは山ほどあるのに、うまく言葉にできないのがもどかしくてたまりません。


「だいたいアンタ、奥さんのこと、ちゃんと分かってるの?奥さんはずっと欲求不満だったんだよ。

本当はおれとのときみたいに、激しいセックスがしたいのに、あんたとじゃベッドでごそごそやるだけで物足りないっていつも言ってたぜ」


「・・・嘘をつくな」


「本当だよ。奥さん、おれとやるときは、いつも失神するまで気をやるんだぜ。

何度イっても、すぐにまたシテシテってせがんでくるのさ。

ち*ぽを入れてやると、涙まで流して悦んじゃって、大変なんだぜ」


「・・・・」


「最近じゃ縛られたまま、やるのも好きみたいだな。あんたもやってみたら。奥さん、Mっ気があるから、いじめられると悦ぶぜ。

縛ってからバイブで焦らしてやれば、すぐにもうなんでもこっちの言うことを聞く女になるよ。

フェラもパイズリも中出しもおもいのままさ」


わたしがなんとか理性を保っていられたのもそこまででした。

へらず口をたたく勇次の口へ向けて、わたしはパンチを繰り出しました。

が、勇次はそれをかわすと、わたしの顎めがけて強烈な一撃を見舞ったのです。


わたしは仰向けに倒れました。

そこへ勇次の蹴りが飛んできます。

わたしは身をかがめて防御するだけしか出来ませんでした。

勇次は好き放題にわたしを痛めつけたあと、わたしを部屋の外へ蹴りだしました。


「奥さん取られたからって、逆恨みして殴ってくるんじゃねえよ、糞爺」

扉が閉まる前に、勇次のそんな捨て台詞がはっきりと聞こえました。

わたしは口惜しさと無力感にうち震えながら、しばらくそこにうずくまっていました。

--------------------

さて、勇次に部屋から蹴りだされたわたしは、その後しばらくの間、ほとんど思考停止状態になってしまい、近くの公園のベンチで呆然と過ごしていました。



二時間あまりもそうしていたでしょうか。気を取り直して、わたしは近くの公衆電話へ向かいました。

その日は、妻の待つ家へと帰る気にもなれず、どこかのホテルでひとりで過ごしたいとおもい、妻へ電話でそれだけ伝えておこうとおもったのです。

「おれだよ」

「あなた・・・いまどこに?」


「ちょっとな・・・いや、実は」

「あなた、聞いてください」

妻はわたしの話をさえぎりました。こんなことは滅多にないことです。

「わたし、決心したんです・・

これからはあなたの前で辛い顔をしたりしません・・・

あなたに心配させるようなこともしません・・・

わたしがしてしまったことは、取り返しがつくようなことではありませんが、せめてあなたと娘に償いができるように、明るく生きていきたいとおもいます・・・

だから、戻ってきてください・・・」


わたしはしばし返事をすることができませんでした。

(寛子のそんな必死さが、おれにはまた辛いんだ)

そんな言葉が頭に浮かびました。

しかし、電話口の妻の、震えるような声音の健気さが、わたしにそんな言葉を吐かせませんでした。

妻の寛子は、もともと強い人間ではありません。いつもおとなしく、ひとの意見に従いがちな女です。ですが、そのときは妻が並々ならぬ決意でいることが伝わってきました。

「・・・わかった、これから家へ戻るよ」


「ありがとうございます・・・。わたしは娘を迎えに行ってきます」

電話が切れた後も、わたしはしばらくそこを立ち去ることが出来ませんでした。

家へ戻ると、ちょうど妻が娘を連れて帰ってきたところでした。

妻はわたしを見ると、にこっと微笑みました。

そのいかにも無理しているような微笑が、そのときはわたしの心を強く打ちました。

「さあさあ、いつまでも泥んこのついた服を着てないでお着替えしましょ」

「いやー、いまから外へ遊びにいくー」


「ダメ!」

妻は娘を叱りながら、優しい母の目つきで娘を見ています。

そんな妻の姿を見ながら、わたしはまた勇次の言葉を思い出してしまいます。


<奥さん、おれとやるときは、いつも失神するまで気をやるんだぜ。何度イっても、すぐにまたシテシテってせがんでくるのさ。ち*ぽを入れてやると、涙まで流して悦んじゃって、大変なんだぜ>


<縛ってからバイブで焦らしてやれば、すぐにもうなんでもこっちの言うことを聞く女になるよ。フェラもパイズリも中出しもおもいのままさ>


いま目の前の妻を見ていると、勇次の言葉は悪意に満ちた偽りにおもえます。

しかし、わたしは、(本当にそうだろうか・・・)

そんなふうにも、おもってしまうのです。


--------------------


その夜のことです。

わたしは妻を夫婦の寝室へ呼びました。

触れないほうがいい、とおもいながらも、わたしは勇次の言葉が気になってたまらず、妻にことの真偽を確かめたかったのです。

「きょう、勇次の家へ行ってきた」

妻は瞳をおおきく見開きました。


「あいつに自分のしたことをおもいしらせてやりたかったんだ・・・

情けないことに、結局、わたしが一方的にやっつけられただけだったんだが」

「その傷・・・転んで出来たって・・・」

「違うんだ」

わたしはぐっと腹に力を入れました。

これからの話は、妻を傷つけることになるとわかっていました。

しかし、わたしにはそれは乗り越えなければならない壁のようにおもえていたのです。


「勇次は好き放題に言っていたぞ・・・お前がおれとのセックスは不満だといつもこぼしていたと・・・」


「そんな!」


「いつも失神するまで求めてきて大変だったとか・・・縛られてされるのが好きだとか・・・」


「・・・・・」


「そうなのか?」


妻は強いショックを受けたようで、しばらく呆然となっていました。



しかし、いつも泣き虫な妻がそのときは泣きませんでした。

昼間の決意をおもいだして、必死に耐えていたのでしょうか。

うなだれていた妻がすっと顔をあげて、わたしを見つめました。


「あなたとの・・・セックスに不満なんかありません・・・

もちろん、勇次くんにそう言ったこともありません・・・

勇次くんにわたしから求めたとか・・・

縛られたりとかは・・・」



妻はさすがにくちごもりました。

わたしが黙って次の言葉を待っていると、妻はまた少しうつむいて言葉を続けました。


「そういうことも・・・ありました・・・ごめんなさい」


「そうか・・・奴とのセックスでは・・・そうか」


「ごめんなさい・・・」


「謝らなくてもいいから、あったことをすべて話してほしい。そうでないと、おれは二度とお前を抱けそうにない」


「・・・勇次くんは・・・道具とか使うのも好きで・・・

バイブレーターとか・・・そういうものを使われて・・・

胸とか・・・あそことかを・・・ずっとされていると・・・・

おかしくなるんです・・・自分が自分でなくなるみたい・・・

もっときもちよくなれるなら、なんでもしたい・・

そんなふうにおもえてきて・・・自分から彼に求めてしまうことも・・・ありました・・・・

彼はわたしに恥ずかしい言葉を言わせるのが好きで・・・・

わたしが淫らな・・・恥ずかしい言葉でおねだりすればするほど・・・

激しく・・・いかせてくれました・・・」



細く、途切れがちの言葉で、妻はそう告白しました。

自分の不倫の情交をわたしに語るのは辛いことでしょうが、それはわたしにとっても胸を焼き焦がすような地獄の言葉です。


「縛られるのも・・・最初は怖くて・・・痛くて・・・厭でした・・・

でもそのうちに・・・縛られて抵抗できない状態で・・・

身体を好き勝手に弄ばれることが・・・快感になってきて・・・・

恥ずかしいほど乱れてしまうようになりました・・・・

彼は『寛子はマゾ女だな』とよく言っていました・・

本当にそうなのかもしれません・・・

恥ずかしい・・・・わたしはおかしいんです・・・淫乱なんです」


「そんなことはない」


わたしはそう言って妻を慰めましたが、その言葉の空虚さは自分が一番よく分かっていました。

こらえきれず、また顔を両手でおさえてすすり泣きだした妻を、わたしはそっと抱きしめました。


「よく話してくれた・・・もう寝よう・・・・明日からはまた夫婦でがんばっていこう」

その夜。もちろんわたしは一睡も出来ませんでした。

--------------------


・・・妻の告白の後、しばらくは一応、平穏な日々が続きました。

妻は一生懸命に、わたしの妻として、また仕事のパートナーとして、娘を持つ母としての務めをまっとうしようとしていました。

そんなある夜、わたしは久々に妻を抱く決意をしました。


わたしが誘うと、妻は、

「うれしい・・・」

そう言って微笑み、パジャマを脱ぎ出しました。

わたしはゆっくりと裸の妻を愛撫しました。

妻の秘所はすぐに潤い始めます。


「もう・・・来てください・・・」

妻は切なそうに眉根を寄せ、わたしを求めます。

しかし・・・肝心のわたしのペニスはなかなか勃起しません。の膣に挿入しようとするたび、ペニスは勢いをなくしました。

やっきになって何度試してみても、縮こまったそれは妻の膣からこぼれてしまうのです。

あのときに見た、勇次のペニスが頭に浮かんでいました。隆々とそびえ立ち、妻をおもうがままに啼かせ、悦ばせていたペニス・・・。

そんなイメージが広がるたび、わたしはますます萎縮していくのでした。

情けないおもいでいっぱいのわたしに、妻は必死な顔で、「おくちでさせてください」と言いました。





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