喪失
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「なら、いますぐはなせ! 藤田と村上というのは誰だ!」
妻が涙で頬を濡らしながら、嗚咽混じりに話した内容はわたしをさらに深い奈落に突き落とすものでした。
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妻と勇次がまだ付き合っていた頃のことです。
ある日、妻は買い物へ行くとわたしに偽って、勇次の家へ向かいました。
しかし、その日は先客がいたのです。
それが藤田と村上でした。
勇次は、いやがる妻を引っ張ってきて、「これが自分と付き合っている人妻の寛子だ」とふたりへ紹介したそうです。
藤田と村上は興味津々といった様子で、妻を見つめました。
妻は、不倫を犯している自分を、ひとの目にさらされるのが厭で、顔をうつむけていました。
「ほんとだ、このひと、結婚指輪してるわ。おいおい、人妻と付き合ってるって本当だったのかよ」
「だから言っただろ」
そのとき、勇次は得意げに言ったそうです。
しばらくして、か弱げな妻の様子にふたりは図に乗って、様々な質問を投げかけてきました。
いわく、勇次とはどうしてこうなったのか、勇次を愛しているのか、旦那のことはどうおもっているのか———。
さらにふたりの質問はエスカレートし、卑猥なことまで聞いてくるようになっていきました。
勇次とのセックスはどうか、若い男に抱かれるのはやっぱりいいのか、どんな体位が好きなのか———。
屈辱的な質問に、妻はもちろん答えるのをいやがったのですが、勇次がそれを許さなかったといいます。
羞恥にまみれながら、妻は卑猥な内容の質問に答えていきました。
その様子を見ていた藤田と村上はしばらくして、
「もう我慢できんわ・・・須田、約束は守るんだろうな」
妙なことを言い出したのです。
「ああ、もちろん」
「約束って何? ねえ、勇次くん」
不吉な予感に慌てた妻に、勇次は拝むようにして、
「ごめん、寛子! おれ、昨日マージャンですっちゃって、こいつらにすげえ借金してんだよね。
それで、こいつらが寛子に興味あるっていうからさ・・・
寛子の身体を見せてくれたら、借金を帳消しにしてくれるって言うんだよ」
それまで、自分にやさしくしてくれていた勇次と、何がしか理由をつけながらも恋人気分を味わっていた妻は、勇次の鬼畜な言葉に呆然としてしまったそうです。
妻は、激しく抵抗したのだそうですが、結局は男の力に叶わず、衣服をすべて剥ぎ取られたうえ、後ろ手に縛られてしまいました。
そして、そのままの格好で、あぐらをかいた勇次の上に座らされ、両膝の下に入れられた手で股間を大きく開かされ、剥きだしの秘部を藤田と村上の面前にさらされてしまったのです・・・。
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藤田と村上はそれから三十分近くも、大騒ぎしながら、裸の妻の胸をもみしだいたり、膣に指を入れて弄んだりして、好き放題に妻を嬲ったそうです。
そうしているうちに、いよいよ興奮してきたふたりは、勇次に「入れてもいいか?」と尋ねました。
やめて——、そう悲鳴をあげる妻の身体を押さえつけながら、勇次は、
「それなら、寛子を気持ちよくしてやって、自分から入れてって言わせるようにしろよ。そしたらやってもいいからさ」
そんなようなことを言ったのだといいます。
それからは三人がかりで寛子は、全身を愛撫されました。
小一時間も続いたそれに、すっかり情欲をかきたてられ、泣き悶える妻の反応をわらいながら、勇次は
「ほら、そこに寛子のお気に入りのバイブがある。それを使えば、もうすぐに寛子はお前らがほしいって泣き出すとおもうぜ」
そう言いました。
そしてそれはそのとおりになったようです。
その日、妻は結局、その場にいた全員に抱かれました。
それも自分から求めさせられて・・・。
・・・妻の告白を聞き終えたわたしは黙って立ち上がりました。
車のキーを取り、外へ出ようとするわたしに妻は、
「待って・・・行かないで」
半狂乱になって、すがりついてきました。
わたしは妻を突き飛ばしました。
妻に暴力を振るったのはそれが最初で最後でした。
畳の上に叩きつけられ、激しいショックを涙の浮いた瞳に浮かべた妻の顔を見据えながら、わたしは絞り出すように言いました。
「マージャンの借金のかたに抱かされただと・・・・それもふたりの男に・・・・
寛子、お前よくもそれで平気な顔であいつと付き合っていられたな・・・・・
そんな屈辱的なことをされても、あいつが欲しかったのか・・・・
さっきもあいつに嫌いになったかと聞かれて、お前は嫌いじゃないと答えていたな・・・
おれは聞いていたんだ・・・・お前は・・・お前という女は・・・・」
あとは声になりませんでした。
妻を玩具のように扱った若者たちに怒りを感じました。
そのことを妻が隠していたことに憤りを感じました。
しかし、それよりも何よりも、そんなことをされてもなお、勇次を嫌いになれない妻が、わたしは憎くて憎くてたまりませんでした。
呆然と畳に横たわっている妻を残して、わたしは部屋を出ました。
二階で昼寝の最中だった娘を抱いて、わたしは玄関へ向かいました。
途中でちらりと居間を見ると、妻が魂の抜けたような表情で、先ほどと同じ姿勢のまま、横たわっているのが見えました。
わたしと娘は家を出て、車に乗り込みました。
そのときが運命の分かれ目だったとは知りもしないで。
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娘を岐阜の両親のもとへ預けたあと、わたしは金沢へ向かいました。
行き先はどこでもよかったのです。ただ、どこかへ向かわないではいられませんでした。
金沢に着いても、兼六園など観光名所を見てまわる気にもなれず、旅館の中で日を過ごし、たまに気が向いたときに、近くを散歩するだけでした。
妻のことを考えていました。
わたしは若いうちから悲観的で鬱々としたところがありましたが、妻もまた、どこかに独特の暗さをもった女でした。
ふたりが夫婦となったのも、お互いの抱えた陰の部分が響きあったからのような気がします。
しかし、妻が勇次との情事へのめりこんでいったのも、後に(わたしに言わせれば、ですが)破滅的な生活へと歩みを進めていったのもまた、妻のそうした性向が関係していたのではないか。
わたしにはそうおもえてなりません。
金沢で無目的に怠惰な日々を過ごしながら、わたしがおもいだすのは、勇次との爛れた関係に堕ちていった女ではなく、いついかなるときも、わたしを手助けし、公私共によきパートナーになってくれていた女との思い出ばかりでした。
わたしが帰ろうと決意したのは、十日あまりも過ぎてからのことでした。
結論など出ていませんでした。これから先のことを考えることすら、忌避していました。
しかし、ただ延々と過去を回顧し、現在から逃げ回ってばかりの自分に嫌気がさしたのです。
両親から娘を受け取り、車で家へ戻る最中、わたしは不安に苛まれながら、家族の行き先を憂えていました。
しかし、隣に座っている娘(両親の話では、母から引き離された十日間あまりの生活で泣いてばかりいたそうです)の顔を見ると、そんな弱気なおもいではいられない、という気になります。
たとえ、どんな事態になっても、この子の幸せだけは守ってやる。
わたしはそう決意し、その決意によって不安な自分を奮い立たせていました。
わたしのおもいなど、露知らず、娘は久々に母親に会えるうれしさで、無邪気にはしゃぎまわっていました。
しかし———。
家に着いたわたしたちの前に、妻は姿を見せませんでした。
いくら待てども、帰ってきません。
妻は消えていました。
泣きわめく娘を残して、わたしは勇次の部屋へ走りました。
勇次の部屋は空でした。
管理人のお爺さんの話では、少し前に出て行ったそうです。
勇次の履歴書にのっていた学校へ電話しましたが、勇次は学校も辞めていました。
妻と勇次はこうしてわたしたちの前から姿を消しました。
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妻が消えた後の生活は、それは悲惨なものでした。
娘は母親を恋しがって泣きます。
虚脱感に襲われ、すべてに疲れてしまったわたしは、それをぼんやり聞いているだけで、慰めてやることもできません。
それにどう慰めればいいというのでしょうか。
「そのうちにお母さんは必ず帰ってくるから・・・」
そんな言葉を口にするには、わたしはあまりに打ちひしがれていました。
夜になり、かつては隣に妻のいた寝室、ときには夫婦で幸せに睦みあった寝室で、ひとりわたしが寝ているとき、様々な妄想がわたしを苦しませました。
勇次に貫かれ、喜悦の声をあげて、のたうちまわる妻。
勇次の友人とかいう男たちと、次々に絡み合い、淫らな奉仕をする妻。
そんな妄想が夜毎にわたしを灼きました。
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妻が消え去って半年たった頃のことです。
意外な人物が店に現れました。
勇次でした。
「奥さんがあんたと別れたいと言ってる」
勇次は単刀直入にそう切り出しました。
わたしは沈黙しました。しばらくして、「寛子は」かすれた声で言いました。
その声は他人のもののように、そのときのわたしには聞こえました。
「やはりお前といるのか・・・」
「いるよ。ずっと一緒に暮らしてる」
勇次は店の中の、高い棚の上にある品物を取る台の上に、どっかりと腰掛けました。
「奥さんがいきなり駆け込んできたときはびびったよ。
ベロベロに酔っ払ってて、もう泣くわ泣くわ。
ひとしきり泣くと、今度はしがみついてきてさ。
それからはもうぐちゃぐちゃ。
あんまり激しいんで、おれもつられてそ〜と〜燃えたけどね・・・しばらくしたら、酔いが回りすぎたらしくて、トイレで一回吐いてきて、でもそれからまた、もう蒼い顔になってるってのに、おれを放さないんだよ。
次の日の昼もずっとやってたね。
あんなに凄いセックスはしたことないよ」
へらへらと勇次はわらいました。
「凄いよ。凄い女だね、あんたの奥さん」
「寛子に会わせろ・・・会わせてくれ」
わたしは勇次の顔を暗い目で見つめました。
「離婚するかどうかは、寛子と会ってから決める。とにかく一度会わせろ・・・それから二度とそんな調子でくだらないことをほざくな・・・」
わたしの狂気がかったような表情と声に、勇次は少しの間、ぎょっとしたようにわたしを見つめていましたが、やがて言いました。
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