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記憶を消せる女の子の話
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118 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)02:05:52 ID:pIU(主)
「はやく逃げなきゃいけないよ、お父さんとお母さんは?」

灯の父親が心配そうに尋ねる。

「あっち、行った」

立ち上がりながら、父さんが走って行った方向を指さした。

灯の父親と母親は小さな声で何かを相談している。

「いかない方が良い。代わりに僕がみてくるよ」

灯の父さんはそう言って、俺の頭を撫でた。

灯と灯の母に大丈夫だから、と強く優しい声で言い、走って行った。

俺が父さんを追いかけていなければ、ここで躓いていなければ。

後悔は今も消えない。




119 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)02:20:53 ID:pIU(主)
数分の間、俺は千家家と行動を共にした。

「今はここから逃げますよ」

と灯の母は言い、俺の手を引いた。

「あなたのお父さんは私たちのお父さんが連れてきますから、安心してくださいね」

灯の母は静かに微笑んだ。もう、その微笑みを見ることはできない。

「そーだそーだ、ウチのパパは無敵」

灯も俺の手を引く。

俺は安心して、手を引かれるままに進む。出口は混雑していてまだ通れそうにない。

けらけらと、笑い声が聞こえてきた。

その声に振り向くと、一人、キャップをかぶった男が空を見ながら笑っている。




120 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)02:28:41 ID:pIU(主)
「あいつ、捕まったな」

男は急に笑うのをやめて、ぽきぽきと不快な音を立てて首を回した。

ポケットの中に手を入れて何かを探してる。

俺は怖くなって目を背けた。

早く逃げたかったが、逃げる場所もどこにもない。堅実的なのはここでゆっくりと進む列に身を任せることだけだ。

皆急いでいる。焦燥が伝わってくる。人が多すぎて、どうしても停滞せざるを得ない。




122 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)02:36:40 ID:pIU(主)
灯の母からも焦りが伝わってくる。ここで私がうろたえたら終わってしまう、と思っていたのだろう。

つーと冷や汗が灯の母の頬を伝うと、灯の父が走ってきた。浮かない顔をしている。

「パパおかえり!」

灯の無邪気な声を、灯の父は黙殺した。

その雰囲気を察して、灯の母は唇から声にならない声を漏らす。

「通り魔は捕まった、安心していい。でも……ごめん」

俺はその言葉の続きが、なんとなくわかってしまった。







123 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)02:46:51 ID:pIU(主)
「君はイシハラくん、だよね」

俺は頷いた。

「これは、君のお父さんの所持品なんだ。本当に、ごめん。僕は何もできなかった。駆けつけた時には、もう遅くて…」

免許証や、財布、お母さんへのお土産のお守りを渡された。お守りは強く握りしめられた跡があり、僅かだが血がついていた。

「通り魔に襲われている子供を助けて、君のお父さんは……亡くなってしまった」


胸が苦しかった。足の震えもおさまらなかった。

今にも泣いてしまいそうになる弱い自分を押し殺そうした。

声は我慢できたが、涙は我慢できなかった。





124 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)02:57:16 ID:pIU(主)
一滴涙が頬を落ちた時、俺は強く思った。

こんなに悲しいけれど、忘れちゃいけない。

見ず知らずの誰かを守って死んでしまった父さんを憶えていなきゃいけない。

涙を拭って灯の父に頭を下げる。

「ありがとう、ございます」

灯の母にぎゅっと抱きしめられた。




125 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)03:03:37 ID:pIU(主)
灯は俺の手を強く握りしめる。

こういうとき、行動に乗せる思いは言葉に託された思いより饒舌に心に染み入る。

大人がもう一人かけつけてきて、俺に事件の顛末を伝えた。

頭の中がぐちゃぐちゃなくせに、どうしてか滑らかに、この事件の全容を把握することができた。




126 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)03:11:53 ID:pIU(主)
この通り魔事件は、子供を対象にしたものらしい。

犠牲者の数は三人。どの人も子供をかばって殺された。そのため子供の死傷者は0である。

犯人は勇気ある大人たちの手によって捕えられ、今は完全に無力化されている。

あとは警察が来るのを待つだけらしい。

一応、事件は終息した。




132 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)20:13:12 ID:pIU(主)
父さんを亡くしてしまった俺がいるせいで、事件が終息したにもかかわらず、大人たちは素直に安堵の表情を浮かべられないようだった。

灯の母は保護された子供の様子を見に行くと言って、事件現場へ走って行った。

俺の父が守った子供を、俺に教えるためかもしれない。




133 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)20:13:43 ID:pIU(主)
俺に事件の顛末を説明してくれた大柄な男の人は、どういった表情をすればいいのかわからないといった様子で、唇を引き結んでいた。




134 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)20:17:11 ID:pIU(主)
灯は依然として俺の手を強く握ってくれている。

その繋いだ手をはなせば、俺は精神的にも肉体的にも寄る辺がなく崩れ落ちてしまうのは確かだった。

灯の目尻には大粒の涙が浮かんでいる。

朝露にも似たその涙は、太陽の残滓を余すことなく取り込んで、それに優しさを加えて照り返していた。





135 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)20:17:48 ID:pIU(主)
やっぱり、この子は泣き虫だ。

赤の他人のために泣ける人に、俺は初めて出会った。

こんな状況で、しかも泣き顔を、綺麗だなと思ってしまうのは駄目なんだろうな。







136 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)20:20:12 ID:pIU(主)
灯の父はなにも言わず、もう一度俺の頭を撫でた。

漏れ出てしまう後悔を必死に隠そうとする表情は強かだったが、やっぱり、そんな表情をされても悲しくなるだけだ。

灯の父は悪くない、むしろ感謝さえしている。

悪いのはあの通り魔ただ一人じゃないか。

俺は道徳的にも倫理的にも間違っているのを承知で、子供らしく純粋に、強く思った。

どうすれば、あの殺人者を殺せるのだろう。




137 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)20:24:44 ID:pIU(主)
俺達は出口の門へ向かう列の最後尾にはじかれていた。

混乱がおさまって、人々は安心した面持ちをしだす。

他人のことを考えられるくらいの心の余裕は出て来たのか、走る人は消えた。




138 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)20:25:12 ID:pIU(主)
彼らのその安心に、俺は筋違いと知っていながらも、憎しみめいた視線を向けてしまった。

駄目だ違うと、ふるふると頭を横に振った。




139 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)20:30:56 ID:pIU(主)
「憎んでいいんだよ」

先程のキャップの男が、笑いを堪えきれないのか口元を掌で覆い、俺に声をかけた。

距離は近かった。俺が目を伏せている間に、筋違いな恨みを人々に向けている間に、ここまで近寄られていた。

大きな声ではなかった。囁き声ともとれる。

けれども、囁き声のような、という形容表現ではあの男の声に含まれている狂気を修飾できない。

「きっと辛いだろう、これから先、お父さんを亡くして生きていくのは」

笑顔だった。

この人、壊れている。俺が現実から目を背けている間に、こんなにも狂気に近寄られていた。

俺の中にあった狂気や恨み、憎しみを敏感に感じ取ったのだ。




140 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)20:36:19 ID:pIU(主)
「おい、なんて言葉をかけてるんだよ」

灯の父は男を睨み付けた。

優しい人の怒り顔というのは、怒りを向けられていない周囲にさえも底冷えに似た感覚に陥らせる。

俺は、ただその光景を見ていた。

「だから、殺してやろうと思うんだ」

こうなることを知っていた気がする。




141 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)20:37:20 ID:pIU(主)
子供を対象とした通り魔。

俺と灯は手を繋いでいた。

狙われているのは俺だ。

ここで手を離さなければ、灯を巻き込むことになる。

手を振り解こうとするが、灯は手を離さない。

一月の寒空には薄い雲がかかっていた。

太陽は先程よりも柔らかな光で俺達を照らしている。




142 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)20:41:51 ID:pIU(主)
ナイフ、のようなものが銀色の鈍い光を先端に宿らせて、俺の眼前に現れた。

それが俺に突き刺さるまで、あと数秒もないだろう。

最後に、灯の顔を見ておこう。俺は諦めたのだ。





143 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)20:43:24 ID:pIU(主)
せめて、この脆くて美しい彼女の泣き顔を、最後の景色にしよう。

おそらく、生涯で一度も聞くことがないだろう重い音とともに、血しぶきがあがる。

灯は鮮血に塗れていた。

黒く、しなやかな長髪の所々に血が飛び散る。白い肌も、白を基調とした服装にも、同様、もしくはそれ以上に。

灯の目尻の光は血に蓋をされてしまった。

俺はこんなに苦しそうな灯を最後の景色にしたかったんじゃない。








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カテゴリー:読み物  |  タグ:青春,
 

 
 
 
 

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